超精密内製生産設備の精度を限界まで追求し実現するハンドラップの名匠マイスター

大金 房

名匠マイスター大金 房

技能名:仕上げ

作業名:高精度ラップ

本社 生産技術開発センタ 製造1課 匠係

AIやロボット、3Dプリンターなど、ものづくりの現場では技術革新が目覚ましい。しかしながら、テクノロジーだけでは到達できない未知の領域がある。
この特集では、精度の限界に挑みつづけ、卓越した技能でミツトヨ・クオリティを支える匠マイスターにフォーカスを当て、その技能と伝承の取り組みに迫る。

今回は、自社開発の高精度生産設備の組立に長年取り組み、高度なラップ技能を遺憾なく発揮してきたミツトヨ最高峰の名匠マイスター、大金 房。

プロフィール

大金 房(おおがね ふさ)

栃木県出身。1977年入社。宇都宮工場で部品加工業務(研削盤作業)に従事した後、三次元測定機製造部門に異動。三次元測定機の組立・調整業務、開発・評価業務に携わる。現在は生産技術開発センタ 匠係に所属し、高精度測定機器、内製設備の開発・製造に携わる傍ら、匠の技能を伝承すべく後進の育成にあたっている。2012年、「現代の名工」に選定され、2014年には黄綬褒章を受章。

小学生だった頃、ミツトヨが私の町にやってきた。

「現代の名工」大金 房は、栃木県の北東部に位置する那珂川町(旧馬頭町)の出身。関東有数の清流で知られる那珂川と、これを取り囲む里山の豊かな自然に抱かれて育った。
大金がまだ小学生だった1970年、株式会社ミツトヨ(旧社名:(株)三豊製作所)はこの地に、宇都宮分工場として馬頭工場を建設し、操業を開始した。工場は、大金が通っていた母校の近くだったことで、その頃からミツトヨの存在を知ることになる。そして1977年、縁あってミツトヨに入社し、名匠マイスターへの第一歩を踏み出した。

小学生だった頃、ミツトヨが私の町にやってきた。

入社後、配属となったのは、宇都宮工場の機器課。平面研削盤や円筒研削盤など研削盤を使って部品を加工するというのが主な業務で、“ものを削る”という仕事に3年ほど携わった。

「学校では図画工作が得意で、何かものをつくるということが好きでした」
そんな気持ちや意欲が周りの先輩に伝わり、さまざまな仕事を任されるようになり、器用にこなしていった。

創意工夫が好きな性格を、会社がさらに育ててくれた。

その後、大金は、三次元測定機の組立・調整、開発・評価、2019年からは設備技術部(現在の生産技術開発センタ)に移籍し、高精度内製生産設備の組立・調整・立上げに携わることになる。会社から成長の場と多くの機会を与えられ、大金のものづくりの才能は開花していった。栃木県からは、卓越した技能者として数多くの表彰を受け、2014年には産業用機械組立工として名誉ある黄綬褒章を受章した。大金は、会社への感謝の気持ちを口にする。

創意工夫が好きな性格を、会社がさらに育ててくれた。

受章できたのは、ミツトヨに入ったからです。何より自分の性格に合った仕事ができていることは有り難いですし、社内外の職業訓練指導員として社会に貢献できていることも幸せと感じています。私の受章は、会社の技術力も認められたのだと思っています」

大金は「受章は会社のおかげ」と謙遜するが、並々ならぬ日々の努力と技能の研鑽もあったことは想像に難くない。

機械では不可能な真直度0.1 μm(0.0001 mm)の精度を実現する。

30年以上にわたって、三次元測定機や内製生産設備の開発・組立などに携わっている大金だが、最も秀でている技能の一つにハンドラップがある。

ラップとは、仕上げ面の間に研磨剤を入れて、仕上げ面同士をこすり合わせて削る工法のこと。ラップには2つの工法 ハンドラップ(手作業)または機械によるラップがあり、仕上げ面を滑らかにしたり、平らにしたり、曲面にする、歪みをとることもできる。

機械では不可能な真直度0.1 μm(0.0001 mm)の精度を実現する。

三次元測定機の組立においては、高精度になればなるほど、高度かつ熟練したハンドラップの技が必須となる。
例えば、要求精度が真直度0.1 μm(0.0001 mm)の場合、機械加工ではこれに応えることはできない。それは、機械加工/仕上げで発生する熱が仕上げ面に変化を及ぼしてしまうからである。機械ではできない領域に入り込んでいくには、緻密な手仕上げ(ハンドラップ)が必要となる。また、多くの部品で構成されている製品/機械は後の変形を防ぎ、高精度の維持、耐久性向上にも繋げている。

ラップの奥義は、「落ち着いて少しずつ」

大金のような匠が持つラップ技能は、高精度製品や内製生産設備の開発・製造に活かせるという意味で、ミツトヨにとっては競争優位を保つための生命線にもなっている。

ラップ作業で大切なことは、まず現状把握だと大金はいう。ワークがどのくらい曲がっているのか、歪んでいるのか、今どのような環境にあるのかを、正確に測定できなければならない。

ラップの奥義は、「落ち着いて少しずつ」

「作業に入ったら、はやる気持ちを抑えることです。例えば、削る目標値が10 μmだとしたら、まずは半分の5 μmをねらって削ってみようとします。それでまた測って、5 μmに近づいていれば、次はその半分という形で、経験と手の感覚を頼りに繰り返していきます」

作業にはかなり時間がかかりそうだが、大金の経験上、この方法がいちばんの近道だという。

「削り過ぎてしまっては元も子もありません。これは先輩から教えられた基本を、私なりに応用して確立してきた方法です。落ち着いて少しずつ進めることが大切です」

三次元測定機の開発・組立や、特注品・専用機の組立では、真直度、直角度などメカ精度が重要だ。大金はそれを実現すべく、高度なハンドラップ作業に数多くトライしてきた。この経験と費やされた時間によって名匠の感覚は養われ、研ぎ澄まされた。大金は「精度の良し悪しを正確に評価できる測定器がここにあった」ことも助けになったという。歴史と伝統のあるミツトヨという環境も、名匠誕生の大きな要因といえるだろう。

測定の原理原則を理解することが必要

現在は、コンピュータによりデータ補正して測定精度を出すという技術が発達しているが、「何か新しいものをつくるときには、すべて補正に頼らず極限までメカ精度を突き詰めることが必要で、その工法の一つとして経験から養われる人間の感覚も必要となってくるラップ作業は重要」だと大金はいう。ミツトヨでは、このような匠の技能を継承し、後継者を育成する取り組みを積極的に推進している。

測定の原理原則を理解することが必要

大金の後進者の育成では、ミツトヨ製品の部品をつくる高精度露光装置などの開発、組立・調整を通して、OJTを行っている。測定するための目的や考え方、治具立て、測定方法など、作業の道筋を示し、実際に後継者がラップなどの作業をする。そして、その作業に対して、大金が感じたことや改善案をフィードバックしているという。

周りから信頼が厚く、社内でも人格者で知られる大金のもとには、教えを乞いたい若い技能者が集まってくる。大金自身は後継者の成長に確かな手応えを感じているというが、指導する上でどのようなことを心がけているのだろうか。

「指導を受ける相手の興味が湧くような教えをすることが大切だと思います。そのためには、相手が技術・技能的にどのくらいのレベルにあるのか、どういう知識があるのかといったことを私の方がわかっていなければ、その人の興味に火をつけてあげることはできません。そのために、常日頃コミュニケーションを多くとるように心がけています。」

また、技能を習得するには、「測定機器の原理原則を理解することが必要」だという。そのうえで、作業の目的を理解し、目標を設定し、常に結果を予想しながら検証、データ収集を行ってフィードバックしていくことが重要だと教えている。大金は、可能な限り教えることはするが、自分ならこうする、こうしたいという主体性も重要視している。

名匠が思う、匠マイスター制度の意義

匠が持つダントツの技能を伝承するために設けられた「匠マイスター制度」。機械化への置き換えができない技能は、この制度のもとで継承されている。大金は匠マイスター制度の意義をこう語る。

「技能を継承していくことは非常に大切なわけですが、人間の感性も受け継がれていくことに意義があると思っています」

名匠が思う、匠マイスター制度の意義

匠マイスター制度は現在、製造部門の制度だが、理想としては匠のような技能に限らずすべての部署や職種において、熟練者のノウハウが受け継がれることがと良いと、大金は考えている。各々の持ち場で個人の特別な能力が発揮されれば、「ミツトヨはもっと強くなれるはず」だという。

大金はミツトヨ一筋、今年で46年目を迎えている。感謝を忘れず、よいものづくりがしたい一心でこれまで励んできた。最後に今後の抱負を聞いた。

「よい製品・設備をつくるために、皆が自由な発想でいろいろな意見を出し合える環境、職場にしていきたい。やはり、よい製品というのは人がつくるわけですから」

ミツトヨを未来にわたって成長する企業にするため、大金のものづくりと人材育成はこれからも続く。

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