モノづくり座談会

スマートな加工工程の確立に向け

3DAモデルの活用と、ノウハウを活かす工程設計 【日本物流新聞/2024年5月25日号より転載】

デジタルエンジニアリング、フロントローディング(※1)といった言葉が製造業の間で使われるようになって四半世紀以上。設計サイドの意思を下流までデジタルで一気通貫させようという試みはしかし、DXが叫ばれる今も課題解決、普及ともに「まだ道半ば」の印象が免れない。
そこで座談会を開催し、モノづくりの全域でデジタルを活かすスマートな工程を確立するために必要なことを、この分野の研究実践と知見で知られる竹内氏(中部大学理事長・学長)に加わっていただき、設計・製造・測定のそれぞれに関係する生産財メーカーの技術幹部にあらためて考えてもらった。座談会出席者はいずれも、デジタルエンジニアリングに絡む経済産業省の調査プロジェクトに日本工作機械工業会のメンバーとして参加しており、「語る」だけでなく「実践」を視野に入れている。先に結論めいたことを書けば、3D化でカバーできる領域の整備と、差別化を生む競争領域を分けながら「日本発の先端モノづくりを目指すべき」との流れになった。

※1)フロントローディング…加工の上流(フロント)に負荷をかけ(ローディング)、工程の初期段階で作り込むプロセスを指す。概念は以前からあったが、バーチャル検証やデジタルツインの活用などで高度な実践が期待される。

03 3DAモデルは時代のインフラ。10倍もの工程効率化も

モノづくりの新しい仕組みづくりとして 国内でも3次元CADにアノテーションを加えた3DAモデル(※3)の開発と運用方法が研究され、日本自動車工業会(JAMA)や電子情報技術産業協会(JEITA)でガイドラインの作成が進んでいる。この座談会でも、デジタルでカバーできない競争領域を確認しつつも、新たなインフラとして3DAモデルの普及を求める発言が続いた。

※3)3DAモデル…3次元CAD図に公差や製品製造情報(PMI)、各種注記、・指示事項等のアノテーションを加えたモデル。以前は3D単独図とも呼ばれたが、アノテーションのついた3Dモデル「単独」で、モノづくり全体の指示を行うとの意味合いは同じ。

出席者

中部大学
理事長・学長
竹内 芳美 氏
C & G システムズ
執行役員商品企画統括部長
小泉 哲 氏
牧野フライス製作所
執行役員開発本部副本部長
藤田 祥 氏
ミツトヨ
フェロー
阿部 誠 氏

本紙 竹内先生は、日本工作機械工業会が取り組む工作機械のデジタル化研究に関連し、経済産業省の調査プロジェクトで委員長を務められています。鍵を握る3DAモデルでいかに工程改善を進めるかがポイントのようです。

竹内 3DAモデルは設計側で作られているわけですが、今日の話にもあったように、まだ十分にデータがつながっておらず、中間工程などで必要な数値がデジタル化されていない点など多く課題があります。同時に3DAモデルを製造側でどう活かすかという視点を持ち合わせて考えていくべきでしょうね。ミツトヨさんなんかは、3DAモデルに代われば、測定の効率が相当に上がると見立てられているようですが。

阿部 まさにその通りです。

竹内 そういう製造側の成果も視野に入れて取り組むべきことでしょうね。

本紙 デジタル化において、製造サイドに目配せを効かせる切り口は、日本のモノづくりにマッチしそうです。

小泉 先に触れましたが、製造側では、2次元図のほうが設計の意図が読みやすいということが一面あると思います。
言い換えると、紙図面が読めれば3DAモデルにも馴染みやすいということかもしれません。そうした読める・分かるという土台があって、そのうえで、多種多様なデータをつなぐ中間ファイルを活かす。そのまた先に、工程設計といった競争領域で個々の企業がしのぎを削るということになるのでしょうね。まずは何より、川下方向へきっちりデータをつなぐことでしょう。

本紙 部品データはあっても、部品をつなげてユニット化したときの幾何公差設計はどうするかといった問題など、消していくべき課題は多いようです。

阿部 おっしゃるように3DAモデルをいかに活かすかというテーマの前に、3DAモデルそのものにまだ多く課題があります。また、そもそも日本では図面に書き込まれていなくても擦り合わせの力で作り込んでみせるという文化があって…。

本紙 その文化を変える必要もある? それこそ高度な擦り合わせが出来る熟練者が少なくなってきた今のうちに…。

藤田 ただ設計重視の今のモノづくりには見返りが要ると思いますよ。設計者の意図を下流側へスムーズに流す試みが続いたなか、ただでさえ設計には負荷が増えています。今後さらにデジタル図面にすべてアノテーションをつけるとなると、設計の労力に見合うだけの明確なメリットがないと、検証実験はできても運用面で厳しいでしょう。実際に他社から聞いた話ですが、メリットが十分に見いだせないなら3DAモデルの運用はしかねるという話が出ています。アノテーションをつけることのメリットを見出しながら、次のステップで3DAモデル活用による合理化を本格的に目指すという流れになるのじゃないでしょうか。冒頭申し上げたように、デジタルエンジニアリングのためのインフラがようやく整って皆さんの注目度も高まってきているので、まさにこれからだと思います。

本紙 アノテーションがいっぱい入った3DAモデルを人間が読むのは大変だから「マシンリーダブル」にする、つまり機械がデータを読み込んで動く方向を目指す動きも出ているようですが。

阿部 今ふと思い出したことですが、平面に円筒状の穴があいているとして、そこに幾何公差を張り付けようとした時、機械オペレータだったら円のとば口に幾何公差を記せば意図がすぐ分かるはずです。しかしコンピュータだと、どこが円筒穴なのかさえ指示しないと判断がつかない。そこを機械が読めるような仕組みに変えていくことは有効だと思いますよ。

本紙 マシンリーダブルも次世代インフラの一つということでしょうか。CADCAMメーカーとしては、3DAモデルをどうみますか。

小泉 これまで3DAモデルとの接点は少なかったですね。私どものCADは金型設計用で、最終製品を設計するためのCADではないから、製品設計情報を受け取る必要はあまり無いという面もありました。しかし最近は、金型設計を上位CADで行うユーザーさんも増えていて、そこに加工属性をつけようとの動きが見られるようになりました。いま多くは加工属性を「色」で表現する程度ですが、これをもっと高度なものにする為に、アノテーションを含めた3Dデータの活用が進むと思いますね。

阿部 たぶん工作機械の方も、CADの方も、CAMも測定機も、それからユーザーさんも、モノづくりのなかに一貫性を持たせようと努力されてきて、その行き先はデジタル化だという方向性で同じだと思います。ところがそれぞれが「島」でやっていて、(設計領域に限ればデータ連携は相当に進んでいるけど)川下の島と島がつながっていない。これをつなぐことが、最初のステップなんでしょうね。

本紙 さて、様々ご意見をうかがってきましたが。データをつなぐ必要性は皆さん共通してお持ちのようです。肝心の「つなぐ方法」は決着ついたのでしょうか。共通言語となる中間ファイルが鍵ですが。

阿部 中間ファイルにはいろんな種類がありますが、製品製造情報(PMI)までしっかり盛り込めるまでには至ってないものが多くあります。構造が追い付いていない、あるいはバージョンアップがうまくいってない…。

小泉 その通りですね。STEP、IGES、JTなどが過去から有力な中間フォーマットですが、3Dデータの共通言語として機能できても、アノテーションまでカバーできるとなると限られます。

本紙 以前はJTを有力視する声が多かったと記憶しますが。

小泉 そう、でも評価はいろいろ変わっています。

本紙 気なるところですね。

阿部 今日現在に限って言えば、中間ファイルとしてSTEPは比較的頻繁に更新されていて、設計のみならず川下の工程まで3DAモデルをつなぐ有力候補になっています。ただ測定で言えば、STEPには曖昧な面もあり、測定と品質管理が音頭を取って作った、中間ファイル形式の米国発の規格QIFが、フィ―チャー(形状)とPMIの関係性が非常に明確なので使いやすい感じです。測定のマシンリーダブルを目指すにはSTEPのAP242(AP=アプリケーションプロトコル)かQIF、上流の設計や加工ではSTEPのAP242ということでしょうかね。

小泉 AP242は弊社のシステムで受け取って表現できる予定です。ただし、グラフィカル(表示のみ)でセマンテック(形状属性ではありませんが・・・。もちろん今後セマンティックの受け取りも検討していきますが。

本紙 お聞きするとつなぐ形は見えてきた、あるいは絞られつつある?

阿部 JAMAでは、典型的な自動車部品(板金加工品や鋳鍛造品など)を対象に、3DAモデルと中間ファイルで工程をつなごうとする実例をWEBで公開しています。

本紙 実践期に入ってきたということでしょうか。先ほど藤田さんが話された設計に負荷がかかることも考慮されている?

阿部 ええ。JEITAでは同様、幾何公差の業界標準を作ってこれを公開していますが、真に必要な公差だけを書き込むスタイルにしています。設計の負荷を減らすことと、なんでも書いてしまって人が読めないようになること避けることが狙いにあると思いますね。

本紙 率直な質問ですが、3DAモデルを軸にしたモノづくりが普及すれば効率はどのくらい上がるのでしょうか。まず測定では?

阿部 PMI情報がないと測定条件を人間が一つひとつ手で作ることになります。これを3DAモデルに沿って行えるようになればCMM(三次元測定機)オペレータの手間がなくなり、効率は2倍、3倍ではなくて、5倍、10倍に上がると思っています。モノづくりの過程で3DAモデルに適切なアノテーションを加えることで、測定の工数がひとケタ減る効果が見込めます。

小泉 CAM側でいえば、各工程での工具の割付け(選択)が大幅に短縮できそうですね。ケースバイケースではありますが、CAMオペレータの仕事は2割、3割軽減できるのではないでしょうか。プリミティブ(基本的形状)な加工では半減できるかもしれません。

藤田 小泉さんと同じ意見ですね。工具の割付けでは、どの工具で加工するかが最初から決まっているわけではないので時間を要します。アノテーションが入ることで割付けの作業の大部分は簡略化できミスも少なくなるでしょうね。

本紙 ありがとうございます。最後に先生、人口が減っていくなかでデジタルを軸にした日本のモノづくりが本格的に始まろうとしています。どう展望し、期待されますか。

竹内 機械やソフトを含めモノづくりはどんどん高度化し、複雑化しています。そうしたなかで、いかに工程を越えてデータ情報をつなぐかという課題は、進化のなかで「再び戻ってくるテーマ」であり続けるのじゃないかという気が一つしますね。また、日本の製造業が活性化するには、ベテランの力を効率よく発揮できる仕組みを作り上げていくことが急務の課題でしょうし、デジタルやDXに長ける若者を巻き込んで進めることも大事でしょう。そのために大学としても頑張ります。そうやって時代にマッチした日本発の新しいデジタルの仕組みを引き寄せていきたいですね。

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